11.07.2012

必ずそのツケは払わされる

人間ですから、生きていれば何かしら、悪いことをするものです。

自分で悪いと思っていなくても、誰かを苦しめたり、嫌な思いをさせていることだってある。

そんな風に、私も加害者になったこともあれば、被害者になったこともある。
けれどそのツケは必ずどこかで払わされるようになっているのだ。
天罰は必ず下る。いつか、どこかで。




今自分がしている嫌な思いは、これまでにしてきた何か悪いことの因果応報と思うことにしている。そして今後の行動を改めるようにしている。
だからといってすっかりピュアでクリーンになるとは思わない。
そういうことを思うのは傲慢だ。汚点は汚点。キズはキズ。一生つきあっていくしかない。

天罰は下ると、聞かされたのは確か30になるかならないかの時だったと思う。
当時の私は、それをあまり理解できなかった。理解したくなかった。罰は自分の手で下す、と強く思っていた。そうして多少暴れた。
けれどもだいぶ疲れることだった。最後は疲れて放り投げたと思う。
復讐や報復を勧めないわけではない。また止められる類いのものではないと思っている。
犯罪にならない程度に、勝利条件をきちんと設定して動けばその人の精神救済のために報復もよいことではないかと思う。

最近、これは天罰か?と思える出来事がある。
残念ながら自分の話ではないので詳しく何が起こっているのかわからないが、私の目には天罰が下っているようにしか見えないことが起きている。
正直ぞっとする。
もし、今まで自分を戒めずに生きていたらどうなっていただろうかと。
そして自分を諭し続けてくれた周囲の先輩諸氏に感謝した。
自分の耳に痛いことこそ金言だったのだ。そうと思うまでに時間がかかったが、こうして確信にもいたることになった。

自分の身の置き所、大切なものを自分のツケからどう守るか、そもそも自分に大事なものは何かを改めてよく考えなければ、とも、しみじみ思った。

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